「相良知安先生記念碑」碑文(東大附属病院入院棟A玄関前)

「相良知安先生記念碑」(昭和10年建立:平成19年東大医学部附属病院入院棟A玄関前へ移転)

 「相良知安先生記念碑」の説明掲示(東大医学部附属病院入院棟A玄関前)

 

          相良知安先生記念碑   枢密顧問官正二位勲一等功三級子爵石黒忠悳題額

   明治維新初政府将ニ和蘭医学ニ代フルニ英吉利医学ヲ以テシ医学教育ノ面目ヲ一新セントス時ニ世上頻ニ独逸医学ノ学内ニ傑出セルヲ説クモアリ又来朝中ノ一外人モ亦頗ル之ヲ賛スルアリ茲ニ於テ廟議断然独逸医学ヲ採用スルコトニ決シ普魯西公使ニ嘱シ医学教師ヲ聘セントス適普仏戦争起ルニ会シ其事行ハレス明治四年ニ及ヒテ始メテドクトルミュルレル来朝スルアリ遂ニ其提案ニ拠リ本邦医学教育方針ノ確立ヲ見ルニ至レルカ其制度ハ一独逸ニ則リタルモノナリ子此間ニアリテ斡旋尽力幾多ノ反対論ヲ説服シテ政府ノ規画ヲ達成セシメタルモノヲ相良先生ト為ス先生ハ実ニ独逸医学ヲ輸入シタル恩人ナリ先生名ハ知安弘庵ト号ス佐賀藩医ナリ明治二年一月召サレテ医学校御用掛ヲ命セラレ医政ニ鞅掌ス尋テ大学少丞ニ任セラレ五年十月第一大学区医学校学長ニ遷リ翌年文部省築造局長ニ任シ医務局長ヲ兼又先生ノ医務局長タルヤ建議シテ上野一帯ノ地ニ医学校及大学病院ヲ新築シ長橋ヲ不忍池ニ架シ以テ交通ニ便ナラシメントセリ而カモ一部ノ反対ニ遇ウテ果ス能ハス先生乃チ政府ニ逼リ其代償トシテ本郷ノ旧加賀藩邸ヲ得テ以テ医学建築地ニ充テンコトヲ請ヒ之ヲ許サル九年ニ至リ医学校及病院ノ新営始メテ成ル是レ今日ノ帝国大学所在ノチタリ先生ノ文部ニ官スル部下ノ累スル所トナリテ奇禍ヲ蒙レルコトアリ冤雪カレテ出仕スルコト両度ニ及ベルモ皆久シカラスシテ之ヲ罷メ遂ニ韜晦シテ復タ出テス三十三年政府其前功ヲ録シ勳五等ニ叙シ双光旭日章ヲ賜フ三十九年六月十四日病シテ歿ス享年七十一特旨ヲ以テ正五位ニ叙セラル先生人ト為リ剛毅果敢甚タ才幹アリ而カモ狷介孤峭極メテ自信ニ篤シ是ヲ以テ世ト相容レズ轗軻其身ヲ終フ深ク惜ムヘキナリ先生歿ヲ距ル茲ニ二十有余年後進ノ徒先生ノ本邦医学制度創設ノ際ニ於ケル功績ノ堙滅ニ帰センコトヲ慮リ相謀リ貲ヲ醵シ石ヲ帝国大学ノ庭中ニ樹ヲ表彰セントシ文ヲ予ニ徴ス予不文敢テ当ラスト雖モ爰ニ先生ノ事歴ヲ略叙シテ以テ後毘ニ諗クト爾カ云フ

昭和十年三月
  東京帝国大学名誉教授正三位勳一等   医学博士 入沢達吉                                                                                                     野村保泉刻
  

相良知安先生記念碑  碑文要旨

 明治維新期、それまでの日本の医学はオランダ医学であったが、イギリス医学を導入し医学教育を一新しようという動きがあったころ、ドイツ医学が最も優れているという意見があり、来日している外国人医師もドイツ医学を強く推奨した。
 そこで政府はドイツ医学を採用することに決定し、プロシア(当時のドイツ)の医師を招こうとしたが、プロシアーフランス間で戦争が起きていたため実現できなかった。
 その後、明治四年になってようやくミュルレルが来日した。これにより、わが国の医学教育の基本方針が確立することになるが、それはドイツ医学を模範にしたものであった。ドイツ医学採用に際しては反対論が根強かったが、その採用に最も努力したのは相良先生であった。

 相良先生は知安弘庵と号し、佐賀藩の医師であった。明治二年に新政府の命令で医学校御用掛となり、医政を担当し大学少丞にも任じられた。
 明治五年十月、第一大学区医学校の校長となり、翌年には文部省築造局長及び医務局長となった。その時、現在の上野公園の地に医学校及び大学病院を建て、不忍池に橋を架け交通の便まで考えた計画を提示したが、一部の反対にあって実現できなかった。相良先生はその代わり政府に代替地を求め、明治九年、本郷の旧加賀藩邸(現在の東京大学敷地)に医学校及び病院の建設が始まった。

 先生は文部省関係の仕事をしていたとき、部下の不正が発覚し、先生まで逮捕されることになったが、冤罪であった。
 その後二度ほど出仕したが長くは続かず、再び出仕することはなかった。

 明治三十三年、政府は先生の功績を認め勲章を授与した。その後、明治三十九年に病を得て没した。享年七十一歳。正五位に叙せられた。

 先生の人となりは、「剛毅果敢」(ごうきかかん)で、多才な人であり、しかも頑固で人と相容れない性格であった。先生が亡くなってから二十有余年経った今、わが国の医制創設における功績が忘れ去れてしまわないようにと有志と相談し、帝国大学(現在の東京大学)に記念碑を建てたものである。

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